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「Signing Day」

2月3日は息子のSigning Dayだった。NCAA(全米体育協会)に属する大学に進学してスポーツをすることの決まったハイスクールのシニア(12年生)が、公式の意思表示(コミット)をする記念すべき日だ。息子の通うハイスクールでは、もっとも華やかなフットボール選手のサイン解禁日に合わせて、ほかのスポーツの選手も集めたミニイベントをやってくれた。近隣の大学からは監督自身がわざわざ来校し、プロ野球の入団会見よろしくフォトオプを提供する、なんてこともある。

息子の向かって右に座っているのはグレッグ。努力が実って、ディビジョン2の大学からフットボールのスカラーシップを受けることになった。ご両親はもちろん、おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん、家族みんながその大学のTシャツを身にまとって勢ぞろい。黒人家庭は、こうやって一族郎党で応援するという雰囲気が強く、親戚一同の盛り上がりに、いっしょにいるこちらまで嬉しくなる。

向かって左側のカシスはバスケットで全米ランクの選手。毎年、大学チャンピオンを狙っている名門ミシガン州立大学にフルスカラーシップで進学することが決まっている。実はカシスは、別枠ですでに契約も済ませていてニュースにもなっているので、当人は「なんでまた呼ばれたの?」といったカジュアルな雰囲気での参加。ご家族も見えていなかった。しかし、学校の運動部を統括するアスレティック・ディレクターとしては「プロ射程距離の選手」をイベントの中心に添えたかった、というのも理解できる。

他の選手の親御さんたちもみなご夫婦で参加。うちの夫は日本的仕事人間でこういう機会に顔を出したことがないが、反抗期の息子から「来てもらえるかなぁ」と言われたのが響いたのか、どうにかやりくりして駆けつけたようだ。ちなみに、これまで3年間のハイスクールの野球の試合は、合計で約100試合ほどにのぼるが、夫が観にこられたのは2,3試合。それもほとんどが途中から。ほかの選手のお父さんがほぼ皆勤であるのとは大きな差だ。そんなこともあって、この日、夫が来られたのは、私もとてもうれしかった。

こういう区切りの日に思うのは、今までお世話になった多くの方々への感謝。どの選手も同じだとは思うが、うちは特に外国から来ていて先立つものも頼る身内もなく、だからただただみなさんのご厚情にすがってようやくここまで来た、という感慨がある。

バッティングケージ(バッティング練習用の「鳥かご」)の合鍵を作ってくれたテネシーのコーチ。おかげで365日練習ができた。雪国ミシガンに越してきてからは、室内練習場のオーナーが「お前、本気だな。いつでも来て好きなように練習していいぞ。」と言ってくれて、だから真冬でも学校から帰ると入り浸って何時間もマシーン相手に練習させてもらった。そういうところで大きなお兄ちゃんたちからかわいがってもらったことも、息子の大きな財産である。

マイナーリーグのプロ選手たちは、応援に行くと必ずボールをプレゼントしてくれ、時にはグラウンドに入れて練習させてくれたり、クラブハウスでいっしょにご飯を食べさせてくれたり。そういうあこがれの選手たちのプレーを数え切れないほど見ることのできた幸せ。そういう選手たちがメジャーに上がってからも励ましのメールをくれたりして、いつも息子の成長を見守ってくれた。

ほかにも、魔法使いと呼ばれた殿堂入り名選手オジー・スミスと会えたこと(17号参照)、偶然に出会った元メジャーリーガーにコーチをしてもらう機会をいただいたこと。そして妹の活動とぶつかるたびに気持ちよく送迎の手伝いをしてくれた友達の親御さんたち…。数え上げたら本当にきりがない。

考えてみれば、親も本人も経験のない「リクルート活動」もなかなかたいへんだった。大学やプロでプレーしたい選手はショーケース(Showcase)という、自分の能力をスカウトに見てもらうための催しに参加したり、自分のプレーを短時間にまとめたビデオを作成して大学の指導者に送ったりする。大学のスカウトの側も、ジュニアになるまでは選手と口を利いてはいけない、などいろいろな制約があるらしく、よほど特別な選手でないかぎり、こちらから積極的に動かないとなかなかつながりができない。

ビデオを編集したりプロフィールを作成したりして大学やプロに紹介するのを専門にしている会社もあるので、けっこうな料金を払って登録している選手もある。「ディビジョン1の大学のコーチがあなたのプロフィールを見ました」というようなメールが送られてきて、そのたびに一喜一憂する、という寸法だ。

ショーケースは規模も費用も選手のレベルもさまざまで、選手は自分に合ったショーケースを見つけ出して参加する。ただ、大学で野球の続けられる高校生選手は全体の5%強だそうなので、ほとんどの選手は「イベント成立のためにお金だけ払っているお客さん」ということになる。厳しい世界だ。

運よく参加させてもらったパーフェクトゲームという団体の主催するショーケースでは、メジャーチームの施設を借り切って同時に10数面の球場で試合が行われ、2000人を超すスカウトがゴルフカートでお目当ての選手を見て回る。参加チームの多くは野球用品メーカーなどが宣伝のために有望選手を揃えて作った冠チームだが、中には物好きなお金持ちが良い選手を集めて連れてきているチームもある。ドラフト候補の出場する試合にはゴルフカートが鈴なりだ。

ヘッドファースト(野球の「ヘッドスライディング」に「頭脳優先」をかけたもの)というショーケースもある。これはアイビーリーグをはじめとする学業面での名門大学を目指す選手ばかりが集まってくるもので、そういう大学のコーチだけがスカウトに来る。勉強と野球とを高いレベルで両立できている選手というのはやはり少ないようで、ヘッドファーストで力を発揮した選手は、ハーバードとイェールとプリンストンとコロンビアから誘われて選ぶのに困った、なんていうことにもなるらしい。

ただしアイビーリーグなどの場合、「野球部が採ると言えば大学が採る」というわけではなく、しっかりした出願書類を提出すること(ご存知のように、成績はもちろんのこと、エッセイやその他の課外活動での活躍なども重視される)、最後の最後まで成績を維持することなどが求められるので、大学のアドミッション・オフィスから「合格」の通知をいただくまではビクビクものだ。すべての側面で大活躍している子がほしい、ということなのだろう。

各大学の監督・コーチは、いい人材を求めて文字通り東奔西走する。ハイスクール4年間(日本の中3から高3に相当)のうち、スカウトが直接コンタクトできるのは原則ジュニア(高2)からで、いろいろと話を詰めていってシニア(高3)になるころには進学先が決まっている、というのが比較的よくあるパターンのようだ。ただし、特別に有望な選手はフレッシュマン(中3)のときにもう進学先が決まってしまうということもある。

逆に、いくら良い選手でも、行きたい大学のニーズと自分のポジションとが合わなかったりすると、ハイスクール卒業までに行き先が決まらず、卒業後の夏にようやくコミット、というケースもあったりする。こちらのチームは「必要なだけ」しか選手を採らず、野球の場合は最大でもチーム全体で35人と決まっている。半分はピッチャーだから、1学年で野手(ピッチャー以外)は4~5人しか採らない。すぐ上の学年に同じポジションの看板選手がいたりしたら、採ってももらえないし、大学に入っても試合に出られない。そんな思惑が交錯するなかでのリクルーティング活動だ。

スカラーシップやプロの契約金など大きなお金が絡むから、親が入れ込みすぎて子どもの人生を狂わせてしまうこともある。肩を痛めているのにスカウトの前だからと無理に投げさせるお父さんもいるし、高校卒業時に少しでも大きくなっているように学校の学年を一つ落として小学校に入れるとか、もっとすごい場合ではステロイドなどの禁止薬物を親が調達して子どもに投与しているケースも珍しくないらしい。仮にプロになれたとしても、契約金に群がる親戚、プレッシャーに耐え切れずに止めた後の転落の人生など、恐ろしい話も聞こえてこないわけではない。

ちょっと話が逸れたが、そんなこんなを経ながら、いろんな人のお導きで、わが息子もようやく大学という次のステージの入り口に立つことができた。アジア系の外国人でノン・クリスチャンというマイノリティの典型みたいな息子が、こういうイベントで真ん中に座らせてもらえるということはとても感慨深い。母から見るといつも寝ているようにしか見えなかったが、本人なりには努力を重ねてきたのだろう。ということもあって、今回だけはちょこっと自慢をさせてもらおうかな。

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