ホーム 同窓生だより ミシガン便り

ミシガン便り

「フィールド・オブ・ドリームス」

以前書いた、息子の出た映画「Home Run Showdown」の予告編がネットで見られるようになった。この春くらいに劇場上映となってくれたらいいなあなんて考えていたら、それ以前にも映画に出たことがあったのを思い出した。

あれはまだテネシーにいたころ。家から車で一時間のチャタヌガ・ルックアウツに通いつめていたころのことだ。チャタヌガ・ルックアウツって何? よほどの野球通でないとご存知ないかもしれないが、テネシーの南端チャタヌガにあるマイナー・リーグの野球チームだ。毎日のように試合を観に行っていたので選手とも友達になり、昇格やトレードでよそへ移った選手の成績も毎日インターネットで調べるほど、家族そろって入れあげていた。

ちょうどそのころ、ビザの更新のために米国外に出なければならないということで、カナダのオタワに行くことになった。いや、行くことになったというよりは、わざわざオタワを選んだといったほうが正確だ。特に仲良くなった選手の一人、ボビー(Bobby Darula)がオタワ・リンクスというチームでプレイしていたからである。

リンクスマスコットと娘

オタワでボビーに会った後、まっすぐ帰ってきてもつまらない。ちょうどセントポール・セインツ(独立リーグ)にジョシュ(Josh Renick)がいるから、オタワから西に向かってミシガンを抜け、ミネソタまで走ろう。そこから南下してアイオワへ行けば映画「フィールド・オブ・ドリームズ」(1985年)のロケ地がある。今度は東へ進んでミルウォーキーへ向かえば、とうとうメジャー・リーガーになったエドウィン(Edwin Encarnacion)の試合が観られるじゃない。そうそう、ちょうどアンドリュー(Andrew Beattie)がメンフィス、ナシュビルに来てるから、オタワに行く前にそこにも行っちゃおう。

改めて地図を見直してみるとよくぞ走ったと思うような、ほぼ4000マイルにわたる野球の旅。すべてルックアウツの元選手たちに会うためであった。ついこの間まで同じチームでプレイしていた4人だが、この時点ではレベルも場所もばらばら。ちなみに現在、エドウィンはいまだにメジャー・リーガー、ボビーは故郷コネチカットに帰って学校の先生、アンドリューはフロリダで野球のコーチ、ジョシュはどこで何をしているか分からない。

エドウィンと

さて、今回紹介する映画出演の話は、この旅の途中、アイオワの「フィールド・オブ・ドリームズ」ロケ地でのできごとだ。ごらんになった方はご存知だと思うが、この映画の舞台はただただトウモロコシ畑が広がるアイオワのど真ん中、野球場と一軒の家があるだけのところ。亡くなった父親との葛藤を父の生前に清算できなかったことを悔やむ主人公が、美しい野球場のマジックのおかげで父親との再会を果たし、愛情と尊敬を取り戻すという話だが、夢、希望、絆…と、いろんな要素があって家族で楽しめる。いかさまをやって野球界を追放された往年の名選手のゴーストたちが、このトウモロコシ畑の中からこの野球場にやってきてプレイするシーンはとくに有名だ。

映画も観て知っている野球好きの息子(当時6歳)はこのムービー・サイトを訪ねるのをことのほか楽しみにしていたが、田舎道を走っているうちに雲行きが怪しくなり、お目当てのロケ地に着いたころには、とうとう雨が降り始めてしまった。今日のうちにミルウォーキーに着かなければエドウィンの試合に間に合わない。雨が上がるのを待っていても大丈夫だろうか。

迷っていると、どこからともなく恰幅のいいオバサンが現れ、手招きをする。何だろう。"Hey. Do you know Ozzie Smith?" 誰、それ? 夫を見ると、"Of course." 当たり前だという顔でうなずく。オズの魔法使いと呼ばれ、野球殿堂入りしている伝説の遊撃手だそうだ。"You wanna see him?" "Sure."なんでそんなことを訊くのだろうといぶかっていると、まるで国家機密でも漏洩するみたいな口調でオバサンがこう言った。"He will come." えっ?冗談でしょ?"What?"夫が反射的に訊き返すと、勝ち誇ったような調子でオバサンはもう一度言った。"He will come."

映画の中で、トウモロコシ畑で作業をしている主人公に天の声が響く。"If you build it, he will come."いくどもこの声が脳裏に響いてきて、主人公は"If I build what, who will come?"と叫び、その謎を軸に物語は展開していくのだが、まさかこの同じセリフを同じ場所で聞くことになろうとは思わなかった。"He will come."オバサンはニンマリしている。

オジー・スミスが、その午後、ここに来て教育映画を撮影するのだそうだ。子役のエキストラは地元の学校の演劇部に頼んであるのだが、地域柄か、みんな白人ばかり。POLITICALLY CORRECTにするために、マイノリティのエキストラが必要だというのだ。ご存知のようにアメリカは人種差別に敏感で、どんなパンフレットにも必ず黒人やアジア人が入っているし、ニュース番組の出演者も必ずといっていいほど各人種を取り揃えている。もちろんそれは、とりもなおさずいまだ差別が存在するということでもあるが、こうしてマイノリティが得するってこともままあるのだ。

早くミルウォーキーに着かないと、と言っていた夫が、「今日中に着けば大丈夫。」と態度を豹変させ、話はすぐにまとまった。遊撃手は息子が目指しているポジション。その「遊撃手の神様」、オジーに会える。息子ばかりか、何の関係もないはずの夫までそわそわし始めた。

午前中は小雨の中、映画のゴーストよろしくトウモロコシ畑の中に入り込んでみたり、キャッチボールをしたり、映画の中で主人公の娘が転落したブリーチャー(階段式のベンチ)に座って足をぶらぶらさせたり、売店をのぞいたりして過ごした。

午後になって、待ちに待ったオジーが来た。わざわざ出迎えのスタッフにくっついて車のところまで迎えに行った。元メジャー・リーガーとは思えないほど小柄だ。「オジーが来ることは周りの人には絶対に言わないでね。」と念を押されていたので、きっとほとんど誰もここにオジーがいるってことは知らないんだろうなあと思った。同じ野球場の片隅の、ほんの目と鼻の先のところで撮影しているのに、こちらに注意を払う人はいない。こんな、ほかには何もないところまでわざわざ来るような人たちだから、中には大ファンもいただろうに。そう思うとちょっと申し訳ないような気がした。

リハーサル中

 

結局、地元の演劇部の子どもたち(セリフつきの子も何人か)に混じって、日本人の息子と、インド人っぽい顔立ちの男の子が参加。

撮影自体は小一時間で終わり、子どもたちは、普通の観光客は入れてくれない「家」の中に入ってオジーといっしょにピザのランチ。それが終わるとオジーは家の外に出てきて、みなと写真を撮ったり、話をしたりしてくれた。とってもさわやかな、インテリジェンスを感じさせる人で、えらそうなそぶりなど微塵もない。現役時代を知らない人でもすぐにファンになってしまいそうな素敵な人だ。

うしろがトウモロコシ畑

息子はオジーのすごさがどのぐらい分かっているのか、ただただボーっと見つめていた。そして、スイッチヒッターになりたいならこういう練習をしろ、なんてアドバイスまで受け、一緒に写真におさまり、サインをもらってニッコニコだった。

だが、驚いたのはそれだけではなかった。なんと、トウモロコシ畑の中から、本当にゴーストたちが現れたのだ。どこかの会社が慰安パーティかなにかのためにゴースト(野球選手)たちを呼んでいたらしいのだが、まるで映画の中さながらに、手作りの古めかしいグローブと、昔風のユニフォームを着た一群がぬっと現れたときには、さすがにびっくりしてしまった。子どもたちはちゃっかり混ぜてもらって、息子など親善ソフトボールにまで出場させてもらった。

ゴーストと・・

 

その日、その時間しかそこに行かれないってときにたまたま天気が悪く、なんだついてないな、と思っていたところに次から次へとラッキーに恵まれ、なんとも充実した一日になった。毎日一生懸命練習する息子への野球の神様からのご褒美だったのだろうか。

こんな素敵な体験をさせてもらったおかげか、息子は13歳になった今も野球が大好きで、毎日毎日時間があれば何時間でも練習している。宿題の量だって半端じゃないし、星一徹みたいな父親に怒鳴られたりしながら、母の私からみても感心するほどにがんばっている。

「あんなに怒鳴られて、よく嫌にならないね。母さんだったらとっくに止めてるよ。」
「でも、野球がすきだからね。」

オジーが子どもたちにくれたサイン入りポストカード

 

たくさんの人との出会いに育んでもらって、なかなかたくましく育っているようだ。野球好きのわが家は、これまで野球のために何万マイル旅したか分からない。そして、こんな素敵な出会いを書き始めたら100話でも足りないくらい。BASEBALLはやっぱりこの国のNATIONAL PASTIMEなのだ。

このページの先頭へ