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ミシガン便り

「え、手術!?」

ネットのニュースで21㎝巨大肉腫の摘出に成功というのを読み、思い出した。身近で似た経験をしたことを・・。

こちらで知り合いの二十代の女性が里帰りした際、お母様から「あなたまさか妊娠してるわけじゃないわよね」と言われたそうだ。ちょっと太ったかなとは思っていたものの、身に覚えがないので、念のため病気でないことを確認しようと受診したそうだ。2,3日後、医者から来るようにと言われ、検査に行く。当人は検査だと思って身軽に行ったら検査入院だとのこと。後で思えばベッドが空いたと言っていたらしい。そこでパジャマや暇つぶしの本などを持ってきてもらえないかと連絡がきたので届けに行った。

こちらも届けるだけと思ったので、娘の習い事の合間に行ったものの、どうも様子がヘンなのだ。

ドクターが手下(失礼)をゾロゾロを引き連れていらっしゃり、真剣な表情で話し出す。「すぐに手術しないといけない。今からしようか。」というではないか。検査入院じゃないの?様子がわからない私はビックリだし、当人はそれ以上に動転してしまっている。どうも腹部に大きな腫瘍があるのだそうだ。「日本に帰って手術したい」「アメリカで切るのはイヤ!」と取り乱す彼女。そうだろう、思いもかけない急転直下、誰でも動転するだろう。横で聞いてるこちらだって驚いている。

当人にとっては思いもかけぬ急展開だろう。体のどこにも何の不具合もなかったのだから。おどろき呆然としているように見える。ここは私がしっかりしなければと、娘のお迎えはお友達のママに代わってもらって、本腰を入れてサポートすることにする。

ドクターの説明を聞くと、みぞおちから30cm位切らないといけないというではないか。内視鏡で吸い出すなんてことはできないのかと食い下がる。お嫁入り前の娘さんだから、傷は小さいほどいいに違いない。ところが「絶対に駄目だ。腫瘍を傷つけずそっくりきれいに取り出さなければならない」とのこと。どんな内容物が入っているかわからないから、つぶしてそれが体のほかに広がってはいけないのだそうだ。

加えて、腫瘍が大きすぎて尿管を圧迫しており、手術で傷をつけてはいけないから、それを確保するためにまず管を入れる手術をし、その後に腹部切開、腫瘍を取り出す手術に移るのだそうだ。その専門医も来て説明をする。どんな気持ちで聞いているのだろうと思うとつらくなる。

また、腫瘍が発生している部分の臓器をどうするかという話などもあり、パニックしている当人に日本語で伝える役目は辛かった。

「先日の里帰りでも大丈夫だったのだから帰れないだろうか」と重ねて聞くものの、「何事も起きずに戻れたことが奇跡だ」「飛行機に乗って移動なんてもっての外。」というではないか。それほどまでなのか・・。

とはいえ、お嫁入り前のお嬢さん、家族でもない私の一存でことが進んではいけない。日本にいるご両親に連絡を取らなければ・・・。

とにかく、今日の手術は見合わせてもらい、聞けるだけの情報を集め、担当の看護婦さんにはくれぐれもよろしくと頼み、いったん帰宅した。

細かい経路は忘れたが、お父様からメールをいただき、連絡を取り合って、こちらのお医者様に任せるとのお話をいただき、手術をすることとなる。

手術は朝5:10から管の挿入、そのあと5:50から腫瘍の摘出の予定。4時半までに病室に着けば会えると聞いたので、暗い中向かった。誰もいないよりはいいだろう。

手術患者の家族ばかりがいる待合室。それぞれが気を揉みながら待っているように感じる。しばらく本を読んだりしているうちに外が明るくなってきた。そこにはモニターテレビが置かれていて、今それぞれの手術(各自4ケタの番号をもらう)がどういう状態かが一覧になっているので、対応してくれているとはわかるのだが、ステータスが一向に変わらず気を揉む。

時間つぶしにと持っていった編み物をしていると、それを見た編み物好きの女性が話しかけてきた。その人の作っていたポットカバーがかわいらしかったので褒めると、なんと編み図をコピーしに行ってくれた。これは思わぬご褒美。嬉しくなった。

またしばらく黙々と編んでいたが、一向にステータスが変わらない。ちゃんとアップデートはしてくれているのか。何より無事に進んでいるのだろうか。時計の針がお昼近くなる。大丈夫なのだろうか。そんなにかかるとは聞いてなかったからだんだんと不安になってくる。

そう思っているところへ誰かが近づいてくる。担当医だ。子供のような笑顔。上手くいったということだとホッとした。「腫瘍を傷つけることなく取り出せたぞ!」とドクターが誇らしげにケータイの写真を見せてくる。「日本のご両親にも送ってくれ。」 よっぽど嬉しかったのだろうし、今までで一番大きな腫瘍なのだろう。赤紫で薄い膜に覆われた物体が小型バケツいっぱいに入っていた。ちょっとつついたら中からどろっと出てきそうな感じ。重さ2500gちょっと。うちの子供たちが生まれたときと一緒くらいの重さだと思ったので間違いがないと思う。よくまあ、破裂もせずにいたものだ。

そのあとは三日ほどの入院ののち退院、自宅療養となった。こちらは切った翌日には返されるのが普通のようなので、3日も入っていたのは念には念をということだったかと思う。その後は何もなく順調とのこと。何よりだ。

ちなみに入院中の食事だが、ぜひお伝えしたい。メニューを一つもらってきたので添付するが、つまりいつも同じメニューしかないということかと思う。まあ、医療費が高いので、長期入院はよっぽどでない限り、しない、させないため、通常はホンの一日二日程度なのだろうから、事足りるのだろう。こちらで出産した日本人ママから「ディナーはピザでした」という話を耳にしていたが、病気でも選択肢がなさそうだ。他民族国家ゆえの利便性を求めてか、はたまたこのメニューが人気なのか。一度アンケートを取ってみたいものだと思ってしまった。

私が実際に見たのはフルーツ盛り合わせだったが、直径30cm上のお皿に載った、日本人の感覚なら4人で突っついても楽しめるほどの大きさとボリューム。もう一回はアイスとヨーグルト、氷いっぱいのジュースがセットになっているもの。手術後の流動食代わりにと注文したもの。なんか違うような気がするのは私だけだろうか。ピザをはじめ手作りのものは多分何もなく、スープ類も缶を開けてチン。

費用の点で、病院の求められている形態が日本と若干違うかもしれないのだけれど、患者の体調や栄養価を考えて、献立を立ててくれる日本の病院の栄養士さん、調理師さんには感謝したい。素晴らしいサービスだと思う。

国際結婚している日本人女性やこちらのいわゆる「永住組」のご夫婦と老後の話をすることも多くなったが、おおむね声をそろえて「老後は日本」とおっしゃっているのもうなずけるかなあと思うこのごろである。

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