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ミシガン便り

「野球三昧」

息子の野球チームが地元の大会で優勝、フロリダ州オーランドで開催される「ワールド=シリーズ」に出場することになった。全米各地から14歳以下の34チームが参加。米国の自治連邦区にあたるプエルト=リコからも1チームが来ていた。

いつものことだが、夫は休みが取れず、私が連れて行くことに…。といっても飛行機ではない。予算の関係で車で行くことになった。時速70マイル(約110km以上)でノンストップで飛ばしても20時間かかる距離を、途中、かつて住んでいたテネシーに一泊して二日の行程。それまで蓄積されていた睡眠不足も手伝って、二日目の午後にはさすがに眠くなってしまった。居眠りをしそうなところで運よくコーチからの電話があり、事なきを得た…。冷や汗もの。

ちなみにテネシーでは、家族ぐるみで仲のよいKathleen宅に泊まり、「実家に帰って姉に世話を焼いてもらってのんびりしているの図」だったし、友人Aprilのお嬢さんLindseyの結婚式のリハーサルにも行くことができた。翌日の結婚式には参列できなかったけれど、直接おめでとうをいえたのが嬉しかった。こういう余得がなかったなら、夫の「車で行ったらいいじゃん」という無謀な「提案」に対し、首を縦に振ることはなかっただろう。

ちなみに、同じチームの中で車で下ったのはケビンのところとウチだけ。ケビンのママはスクールバスの運転手もしていた正にプロだし、家族5人の飛行機に加え現地でのレンタカー代を考えると・・とソロバンをはじいたのだろうが、他の家族はみんな飛行機だった。家族揃ってのところもあれば、父と子だけのところもあったが、母親が一人で息子を連れて行くなんてウチだけ。「え~っ、一人で運転してきたの? すご~い!」話を聞いたアメリカ人パパたちからも賞賛の声が上がったのは、人の気も知らず「いいな、見にいけて」などと暢気なことを言ってのけた夫に対しても、溜飲の下がる思いだった。

この大会の名前はDisney Elite 34。試合はすべて、ディズニーワールドの中にあるESPN Wide World of Sportsで行われる。で、チームメイトのほとんどは、出場が決まった時点で「今年の夏の家族旅行はディズニー」ということになったらしく、チーム全体に物見遊山の雰囲気が充満していた。

「甲子園に臨む日本の高校球児たちの心構えとはちょっとちがうよね・・・。」 「そうなんだよ。みんな、最初からどうせ勝てないって思ってるみたいで…。」

確かにミシガンは雪国。フロリダ、テキサス、ジョージア、カリフォルニアといった暖かいいわゆる「野球どころ」と違って、一年中練習ができるわけではないし、ミシガン出身のメジャーリーガーも数えるほどしかいない。去年ミシガンでずば抜けて強かったチームがこの大会に出場してまるで歯が立たなかったという話も聞いていて、チーム全体はお楽しみモードだったかもしれない。

日曜から試合が始まった。予想通り、対戦相手は強豪ぞろいで、勝てないどころか3試合がコールド負け、引き分け一つ、一点差まで詰め寄ったが辛くも逃げ切られたのが1試合。南国とのレベルの差を痛感させられた体験だった。息子のチーム(日本で言えば中学二・三年相当)にも180センチを超える子は何人もいるのだが、相手チームはそれよりさらに大きい。190センチという子も決して珍しくなく、そういう点でも貴重な体験だった。

結局一つも勝てず、最低限の5試合しかできなかったことで息子は悔しがっていたが、収穫はたくさんあった。Atlanta Bravesのオープン戦をやる立派なスタジアムで3試合もできたし、メジャーリーグで15年もプレイしたLuis Aliceaさんと知り合いになれたり(このことはいつか書けたらと思っている)、息子が主催者側の方から過分の褒め言葉をいただいたり、All American Gamesという特別な大会に招待されたりと、実り多き大会だったと言っていいのではないかと思う。

同じチームの子のお世話係をしてあげたことも、私にとっては有意義な体験だった。この子は、アメリカに来てまだ一年足らずの日本人選手で、英語の壁もあってか、まだチームになじめていない。お父さんは日本の企業戦士だから休みが取れず、ほかのお子さんのこともあってお母さんが連れて行くこともできない。参加はあきらめたらしい、という話を聞いて、さすがに気の毒で、自分たちのこともまともにできるか自信がなかったが、エイヤッ、でお世話係を申し出た。一緒に泊まって食事と移動の世話をする、というだけのことだが、一週間行動をともにしたことで、わが子を相対化する機会にもなり、とても面白かった。

 

息子のチームがすでに敗退した金曜の晩に、仕事を終えた夫が飛行機で飛んできて、私はその翌日入れ替わりで、この日本人の子を引率して飛行機でミシガンへ、というプラン。夫はその後、数日をかけて息子と試合を見ながら車でミシガンへ戻ってくるという。毎日明け方の3時4時まで仕事をしているくせに、いつの間に調べ上げたのか、「シャーロットでレイとクリスが対戦するんだよ!」とニッコニコで、そこを通って帰ってくることにしたそうだ。

シャーロット=ナイツはシカゴ=ホワイトソックス(井口選手がワールド=チャンピオンになったチーム)のトリプルAチームで、そこにはテネシー時代に仲良くなったレイ=オルメードがいる。かつてシンシナティ=レッズ、トロント=ブルージェイズで活躍したが、ここ数年はマイナーに甘んじていた。

対するヤンキースのトリプルAチームには、やはりテネシーで友だちになったクリス=ディカーソンがいる。彼は俊足、好守の外野手で、去年はメジャーでヤンキースの地区優勝に貢献した。残念ながら今年はまだメジャーでの出場がない。メジャーリーグにリサイクル運動を推進した行動家でもあり、東日本大震災の直後には「日本の家族は大丈夫かい?」と真っ先にメールをくれた優しい人だ。ちなみにイチローのヤンキース移籍を聞いたわが家の反応は、「高い選手取らないでクリスを使ってよ。」というもの。日本人としては珍しいかもしれないが、イチローよりクリス、なのである(笑)。

で、シャーロット=ナイツの試合を観にいった息子が、レイに「明日、バッティング練習見にきていい?」と聞いたところ、監督に確認してOKをとってくれ、「4時。ユニフォーム着てこい。」ということになった。

翌日、「ユニフォームを着てこい、ということはもしかして・・・」「いや、期待しすぎると後でがっかりするから・・・」などとあれこれ思いを巡らしつつ4時前に行ってみると、レイが「中に入ってこい」というジェスチャーで呼んでくれたそうだ。恐る恐るグラウンドに入るとまずはレイとキャッチボール。そこへ監督がバットをもって出てきて、息子はショートのポジションへ。なんと試合前のフィールドで、監督直々のノックを受けさせてもらったのだ。それだけでは終わらない。ウォーム=アップに出てきたほかの選手たちに混じってストレッチをしていると、「靴のサイズ、いくつだ?」とレイに訊かれる。何とかの大足、の息子がサイズを答えると、レイがどこかへ消え、新品のスパイクを持って戻ってきてくれた。プロの選手のスパイクは上等で、「母さん、軽くて丈夫で、とにかくすごいんだよ」と息子も大興奮で電話をしてきた。

シャーロットのバッティング練習の最中には、レイがヤンキースの福留選手、五十嵐選手を呼びだしてきてくれて、話をすることができたらしい。もちろんクリスとも短時間だが言葉を交わすことができた。

この後、地下のバッティング練習場に連れて行って打撃練習をさせてもらったとのこと。レイ自らがバッティング投手をして打たせてくれた。さらにクラブハウスでは、試合前に軽食を取る選手たちとリラックス=タイム。その間、レイが新品のバットを用意して、選手・監督・コーチのサインをもらってくれたとか。

家族でもなく、もはや小さな子どもとはいえない14歳の男の子に、こんなによくしてくれるとは。昔から野球選手にはことのほか可愛がってもらってきた息子も、さすがに感激したようだ。「クラブハウス、すっごく豪華だった!」

以前、縁あってボストン=レッドソックスの田澤選手と話をする機会があった。やはり仲良くしているイバン=オチョア選手が「ぼくの家族だよ」と紹介してくれ、田澤選手から「どういう関係なんですか?」と訊かれた(笑)のだが、そのときちょうどダブルAからトリプルAに上がってきたばかりの田澤選手が、「ダブルAとトリプルAの違いはなにより食べ物。ダブルAでは、のんびりしていると食べるものがなくなっちゃうけど、トリプルAは食べきれないほどたくさんあるし、メニューも豪華!」と嬉しそうに、楽しそうに話してくださったのが思い出される。

さて、嬉しいことの詰まりに詰まった今回の野球旅行だったわけだが、実はさらに嬉しいことが続いた。というのは、レイがこの後、メジャーリーグに上がったのだ。2007年を最後にメジャーから遠ざかっていたレイが、再び桧舞台へと舞い戻った。しかも現在、アメリカン=リーグ中地区でトップを走るシカゴ=ホワイトソックス! 活躍してメジャーに居座り、ぜひともチャンピオン=リングを手にしてほしい。こちらの応援にもついつい力が入っていまう。

ファンを大切にするメジャーリーグ、マイナーリーグの野球選手たち。おかげで子どもたちともども、本当に楽しい思いをさせてもらっている。こうして、日本ではなかなか得られないようなつながりがいろいろとあり、まだまだ帰りたくないなぁ、と思ったりしているわけである。

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