ホーム 同窓生だより ミシガン便り

ミシガン便り

「デトロイトにダルビッシュ投手が来る!」

いっぱしのアメリカ野球通を気取って、特に日本人選手ばかりを追いかけたりしないわが家だけれど、さすがにダルビッシュは気になっていた。

で、4月にテキサス=レンジャーズが来ることまではチェックしていたものの、子どもたちを連れて駆け足の里帰りも予定していたし、夫はいつも以上に仕事が忙しく、レンジャーズ戦のことはすっかり忘れてしまっていた。

一時帰国中はいろいろあった上、時差ぼけのせいで夕方にはもう眠い。でも、その日は知人が息子を長野に連れて行ってくれた日で、さすがに戻ってくるまで寝るわけにはいかない。どうにかがんばって起きていたところに、アメリカに残った夫からメールが届く。

「木曜日、ダルビッシュ行く?」
え?ローテーションの調整があって予定より一日早い登板となって、ちょうどその日のチケットが二枚、手に入るという。地元デトロイト=タイガーズは大掛かりな補強をして優勝候補、そこでアメリカでも話題のダルビッシュが来るというのだから、チケットはなかなか手に入らないと聞いていた。

慣れない日本の携帯電話でメールする。「いくいく」
木曜日しか休みのない夫だが、この日はちょうど息子の練習試合があるからということで、自分はそっちに行くと言う。「だれか友だちと観てきたら。」

普段観にいかれない息子の試合のほうが優先順位が高いのは分かるが、ほんとうにたまの休みに二つが重なってちょっと気の毒。悪いけれど、息子の試合はいつも観ているから、私はダルビッシュに行かせてもらおう。

誰を誘おう・・・。まず頭に浮かんだのが仲良しのNさん。お互い気を遣わずに楽しめそう。でもNさんは良妻賢母を絵に描いたような人で、子どもたちの習い事とかもあるから、行かないって言うだろうな。たまには「不良母」してもいいんじゃないかなあ~。そう思いながらとにかく声をかけてみた。

「遠慮しておくわ・・・」
思ったとおりの返事。ご主人が肩を痛めていて、ちょっと話を出せるような雰囲気ではないという。

でも、もう一度誘ってみた。偶然回ってきたダルビッシュ登板日のチケットであること、うちの男どもは行かないから気遣いは要らないこと、お子さんたちの送り迎えもうちの主人ができることなど、説明した。普段はまったくありえない偶然がいくつも重なった稀有の機会。

「きっともうないと思うので、一度ご主人に訊いてみるだけ訊いてみて。」
で、おそるおそる訊いてみると、ご主人は「え、チケット取れたんか?」とおっしゃって、意外や意外、二つ返事でOKだったとのこと。二人とも拍子抜け(笑)。

かくして、女二人の珍道中の始まり始まり~。

運転は何度か行っている私の担当。ダウンタウン・デトロイトはちょっと怖いし、どこのダウンタウンもそうだけれど一方通行が多いから運転しにくい。もっとよさそうな行き方もあるようだが、いつもの行き方でいつもの駐車場にとめることにしよう。

ミシガンに来てからは息子の野球で時間がなく、プロの野球はあまり観に行かれないので、タイガーズのゲームはまだ10試合程度、AAAのトレド=マッドヘンズも20試合程度しか見ていない。

出がけに夫がテキサス=レンジャーズの帽子を出してきてくれた。これはアメリカに住むことになった経緯を象徴する帽子。

 

12年前、テキサスに駐在していた兄一家のところに遊びに行った夫が、アメリカで子どもを育ててみたいと言い出した。見知らぬ人同士でも気持ちよく挨拶を交わすし、歩行者がいれば必ず車は止まってくれる、人が転べばすぐに助けの手が伸びてくるし、40近いおっさんにもドアを開けてくれていたりもするアメリカ。日本でなくなりかけていた人と人との温かさのようなものを感じてきて、わが家の運命を大きく変えてしまうことになるあの旅行で、主人が唯一自分のために買ってきたお土産がこの帽子だった。(よかったらソフィア・コミュニケーション・サービスHPの「地域便り」をご覧ください)

話は逸れるが、わが家の野球帽のコレクションはなかなか気合が入っている。もともと主人が野球帽好きで、息子が野球をやっていることもあるが、それに加えて試合を観にいって「先着○○名様」でもらったり、選手から直接プレゼントしてもらったり、そんなこんなで100を優に超える。野球を観にいくたびに帽子を選ぶのは楽しかったし、AWAYのチームの帽子をかぶって観にいくににも慣れていて何の抵抗もなかった。

良妻賢母のNさんと車の中から、「本物はどのくらいハンサムだろう?」と盛り上がる。何をしに行くのだろう、私たち(笑)。

タイガーズの本拠地コメリカパークは、ブルペンが外野にある。いそいそとそこまで行ってみると、わずか5m先にダルビッシュがいる。すごい迫力。そして、やっぱりイケメン。ますます盛り上がるNさんと私。

ところが、ここで初めて、ここは「敵地」なんだ、ということを思い知らされる。ダルビッシュが投球練習を始めたとたん、Yu DarvishのYuとYouとをかけて、Yu s*ck! Yu s*ck!の大合唱。日本の期待を一身に背負い、一人で外国に来てどれだけ不安だろう。どんな気持ちでこのシュプレヒコールを聞いているのだろう。そう思うと心が痛んだ。

真剣な表情で投げ込んでいるのを見て、おばさん二人は小さな声で「がんばってね」「大丈夫よ」と繰り返していた。ちょっと早く産んでれば息子みたいな年だもんね(笑)。

 

アメリカで野球を見るのは初めてというNさんだから、ダルビッシュ投手を見て、メジャーリーグの雰囲気や野球場の食べ物を楽しんでくれたらいいかなあぐらいに思っていたところ、ふたを開けてみるとなんと、彼女は大の野球通。野球好きのお父さんから「英才教育」を受け、ルールどころか戦術面にも詳しい。「2回ぐらいから後はずっとおしゃべりじゃない」といううちの息子の失礼な予言をあっさり裏切り、ダルビッシュがマウンドを降りる7回途中まで、一度も席を立つこともなく集中して応援するという「快挙」を成し遂げたのだ。ボール先行気味がったダルビッシュの一球一球にドキドキしながら、「あの走塁、試合の流れを切っちゃったね」とか「今の打球は捕らなかったら切れてた(ファウルになっていた)かもしれないね」などといっぱしの「解説」を述べ合いながら盛り上がっていたのである。

 

だから、ダルビッシュの活躍に大喜びのおばさん二人を、周囲がどれほど冷たい目で見つめているかには、まるで気がついていかなった。そう、ここは「敵地」だったのだ。ダルビッシュが下がったところで、何か食べようと席を立った瞬間、そばにいたお兄ちゃんが、「その帽子をかぶったアンタがいなくなってくれて、ホントに嬉しいよ。もう戻ってくるよな。」と叫び、周りの観客も「そうだそうだ~」となったのだ。どの球場もホームチームのファンが大多数だろうけれど、ここデトロイトはこてこてのタイガーズファンが多いところ。下手をすると袋叩きだったかもしれない。危なかった・・・。

ともかく、あの席に戻るのはもう恐いし、せっかくだから内野席にしのびこんで近くから見て帰りましょう、ということでビジター側の内野席にもぐりこみ、ベンチに戻って勝ちを待っていたダルビッシュを間近に眺め、大満足で家路についた次第である。

 

このページの先頭へ